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2024年5月6日月曜日

2024GW 東北~北海道②

三日目 

 昨日予定変更して盛岡で連泊。今日は14:30のフェリーに乗るため、1時間前の13:30までに青森港へ行かねばならない。これを逃せば次のフェリーは18:00。函館到着は夜中となってしまう。

 7:00前に宿を立つ。雨はやんだが想定外の寒さ。道の駅「にしね」で冬装備に。イージス上下を持ってきておいて良かった。8:00には八幡平ビジターセンターに到着する。道中アスピーテラインは「夜間通行止め17:00~8:30」との案内だったが通行止めはなし。そのまま進めばゲートがあり、そこからアスピーテラインのようだ。丁度8:30を回ったので特に足止めを食らうこともなく進めた。

 想定以上に眺望が素晴らしい。湿原や地熱発電。南に岩手山の雪山を見ながら進む。進んでいく八幡平も山頂は雪が積もっており、あそこまでは登らないのだろうなと思っていたが、雪の回廊となって雪原を進んでいく。  全国各地を旅して来たが、こんな風景がまだあるのだなと感動した。昨日の雨で心折れたが、キャンセルせずに来て良かった。なお強行軍で昨日来ていたら危険だっただろう。

 八幡平アスピーテラインを過ぎて国道を北上。十和田湖へ。発荷峠展望台で湖を一望する。眼前に広がるのは田沢湖に負けない碧い湖面とその広さ。遊覧船がのんびりと渡っている。  どこにでもいる駄弁っていて感じの悪いオヤジバイク軍団を尻目に湖畔へ。しかしビジターセンター周辺は山中湖を思わせるような観光地となっていて少し興ざめしてしまった。

 そのまま突き進んで奥入瀬へ。渓流巡りを楽しむ観光客だらけ。雪解け水で水量の多くなった渓流が国道のすぐそばを走っている。こんなに手軽に渓流散策できる所は他にないのではないか?身近な自然という感じで人気なのもわかる。

 さらに青森方面へと歩を進めれば八甲田山。木々のびっしり詰まった針葉樹の森を越えれば、アスピーテラインよりさらに深い雪の回廊が待ち構えていた。その雪の量はスキー客を見掛けるほど。幸いにして路面凍結するほどの寒さではなかったが、昨日の雨は危険だったかも。安全が一番や。

 こうして大自然を満喫して予定通り13:00過ぎに青森港到着。無事14:30のフェリーに乗ることが出来た。青森にて名物みそカレー牛乳ラーメンと三内丸山古墳に立ち寄れなかったのは残念。今にして思えば、18:00便でも良かったかな。

 青函フェリーは4時間の船旅。何をして過ごそう…なんて思っていたが、気がつけばぐっすり寝落ちしていた。青森港そばのファミマで購入したカップのみそカレー牛乳ラーメンを食す。インスタントで食べると一見普通のカレーラーメンでしかないのな。

 函館につくころには夕陽が。上陸してホテルへ。チェックインするとキャンセルしたはずの予約が残っていてビビる。函館山の夜景をと思ったが夜間は通行規制が掛かっているので上がれない。仕方ないので名物ラッキーピエロのハンバーガーと、ハセガワストアのやきとり弁当を購入。ホテルへ戻るころには20:00を周っていた。  やきとり弁当は普通のシンプルな豚串がご飯の上に乗っているだけ。それ以上でもそれ以下でもない。いい商売してんなーという感じ。ラッキーピエロのハンバーガーはボリュームたっぷりの割に500円以下とリーズナブルで人気なのもうなずける。バンズのゴマがおいしい。50年代風ダイナーを思わせるお店の雰囲気も良くて、独立してこんなお店をやってみたいなと妄想してしまった。

 本日の走行距離230.6km。半日でこれだけ走ったから結構な距離だ。


四日目


 本日は100名城のスタンプを集めるために松前城へ。そのまま同じ道で函館へ戻るつもりだったが、調べると江差方面へ出てもさほど時間が変わらないので、北海道の最南部をくるりと一周して函館へ戻るルートを通った。同じ道をトレースするのは馬鹿らしいもんな。

 疲れが溜まってきているのか寝ぼける。アラームを止めることが出来ない。眠い目をこすりながら5:30にチェックアウト。函館山展望台を目指す。夜景が見れなかったのは残念だが、もう来ることもないだろうから。  函館山南東の立待岬にて朝日を受け、次いで函館公園へ。さあ函館山展望台!と進めば・・・何と二輪車通行禁止!!!結局函館山からの景色を見ることは叶わなかったわけな。仕方ないので函館駅、朝市、赤レンガ倉庫などを一回りする。

 さて松前城を目指し国道228号線をひたすら走り続ける。地図で見ると大したことのない距離だが走ってみると全然たどりつけないという北海道マジックをくらう。普通に100kmもあるのだ。

 やっとたどり着いた松前城は桜まつり開催中。北海道ではひと月遅れで桜が楽しめる。  このお城は江戸時代も末期1850年代に築城された当時最新鋭のお城で、銃火器や大砲などの近代戦闘を念頭に置き、海岸防備を企図した縄張りがされていたという。  再建された天守は資料館となっていて、アイヌとの交流に関する資料に見所があった。

 松前城を後にし江差へ。山深い東北山脈を走り続けた昨日までと打って変わり、今日は海岸沿いを走り続ける。スピード違反だけは注意せねば。
 11時近くになって江差着。海の駅「開陽丸」へ。北海道新政府軍虎の子として期待されるもあっさり座礁するというボケをかました開陽丸。実物大で復元され資料館として開かれている。戊辰戦争はあまり良く知らないのでスルー。勉強せねば。

 江差から国道227号で函館に戻る。久しぶりのワインディング。Google mapによればパトカーによるスピード取り締まりを行っている様子。ビビりながら進めばピンポイントでパトカー発見!さすが高度情報社会と言うべきか。

 お昼をまわって再び函館へ。五稜郭を訪問する。思い起こせば三十年近く前、まだ20代の頃、当時勤めていた会社の慰安旅行で来たことがあった。夜中だったので何が何だか良く分からなかった。こうして再び訪れるころにはまさか50歳も過ぎた爺になっているとは。
 函館タワーのエレベーターに乗り全貌を見る。ああ、何度もみた「五稜郭」だ。感動と同時に高所恐怖症を発症。怖い怖い。

 タワーを降りて場内散策。思っていた以上に狭い城内。これではすぐに制圧されそう。近代戦術の粋を極めたと言えば聞こえがいいし、確かに銃剣突撃などで突破できない作りにはなっているが、函館山あたりから大砲をガンガンぶち込めばすぐに陥落しそうな気がした。
 本当は函館だけで一日散策するつもりだった。塩ラーメン、函館競馬場等々、見所はまだいっぱいあった。函館山も二輪通行不可と知っていれば、普通にロープウェイで登るべきだった。非常に残念無念。しかしその分の感動も味わえた。さらば函館。

 函館を後にして城岱スカイラインを経由しての大沼自然公園。もう午後もいい時間。14時を過ぎている。北海道駒ケ岳を北に従えた湖沼は水鳥の住処となっている。夏であればこの辺りでキャンプして、なんて考えてもいたな。

 時間もないのでサクサク進むよ。ここからは国道5号線を長万部まで走り続ける。内浦湾をぐるりと走り続ける。ここでも北海道距離ガバ発生。進めど進めど先が見えない。長万部まで90km。次の目的地である洞爺湖までは140kmの道のり・・・。高速使えば1時間くらい巻けるんだけど、下道も信号がほとんどないから快適さは変わらないし、やっぱり北海道を走るなら下道じゃないと、その距離ガバを感じられない。

 こうして洞爺湖到着は17時近く。よくも辿り着いたものだと感嘆。熊でも出てきそうな月浦展望台にて湖見物。北海道で一二を争う知名度を誇る湖。湖の中ほどに鎮座する大島の形が奇妙で不気味。ピクミン3のラスボスを想起させる不気味さ。生き物のようだ。今日もいっぱい走ったなぁ。

 しかし宿泊地はもう少し先。室蘭まで50kmほど走って本日終了。宿のそばで食した味噌ラーメンは逸品だった。こんな所でおいしい味噌ラーメンが食べられるとは望外。

 本日の走行距離460.8km。高速道路なしで新記録じゃない?

2024GW 東北~北海道①

一日目

02:30 出発  ガキみたい、というか旅行前日あるあるで寝つけず。少し早いが出発。  小田厚BPに乗る前に給油とタイヤの空気圧確認。

04:40 菖蒲PA  トイレ休憩。明け方のためか少し寒い

05:50 上河内SA  本日二度目の給油。213km走って8L給油。燃費が26.6km/L。  660ccでこの燃費なら不満はないが、タンク容量にちょいと不満。点滅になるのが早すぎる。あと2リットルほど容量があれば。

06:50 鏡石PA  朝食。ナビ「Gollira」の調子が悪く走行中度々電源が切れてしまう。

08:20 国見SA  少し早いがスタンドのあるSAが不明。今のうちに三度目の給油してしまう。176km走って6.6L給油。燃費かわらず26.6km/L。しかし眠い。  ナビは途中で路肩に停めて修理。良かれと思ってテープで止めた防水ゴムが反発して、ケーブルが外れてしまうようだ。

09:35 鶴巣PA  トイレ。まだつかない。あらためて盛岡の遠さを感じる。  仙台から盛岡まで160km。高速で走っても2時間近く掛かる計算だわな。

10:40 前沢PA  一服。ソフトクリームを食べる。

11:35 錦秋湖SA  ナビの案内で秋田自動車道へ。それにしても眠い。眠気と疲労で流れ流れて休憩という感じ。モンスターエナジーで体力回復を図る。

12:35 大曲IC  ついに高速から降りた。小田原からの走行距離649km。10時間でこれしか走れず。眠気による疲労で休憩が多すぎた。

13:00 道の駅なかせん ドンパン節  情報収集で立ち寄る。ドンパン節の発祥地とのこと。「うーちーのおやーじーは、はげーあーたまー」って奴か?ジャンボウサギのはく製もあり、なかなか見所のある道の駅だった。

13:45 田沢湖

 本日初の訪問地到着。山道を突き進むといきなり現れる。湖面が美しい。  調べれば深度が日本一とのことで、その深さは423.4m。二位の支笏湖が265mなので倍近い。この深さで碧い湖面を成しているのか。タツコ像もすばらしく静かな湖面が伝説に思いを馳せる。  湖畔を一周。遮るものがなく秘境感が漂う。背景にあたる秋田駒ケ岳も素晴らしい。いい天気、いい季節に来たなぁ。盛岡城へ先に行ったら疲労もあって来れなかっただろう。思いがけず来て良かった。

16:00 盛岡城  国道46号を走って盛岡市街へ。盛岡は北上川、雫石川、中津川の合流地に出来た盆地を利用した街。城下町特有の何度も川を渡らされる不便さや、市街地が広がって中心がわかりにくい。  城址公園には歴史文化館があるがお城の資料は少なめ。公園内の城址は石垣が美しいが天守がない。本丸には立像の台座だけ残り、どうやら大戦時に供出されてしまったそうだ。全体的に説明が少なく整備されていないなと感じたが、三の丸を修復中だったりとお金を掛けていないわけでもなさそう。  ゴザを敷いて花見をする若者の姿も見え、時刻的にもまあ夕方だしと思えば、市民からは愛されている城址公園なのか。

17:00 ホテル  同名の東横インと間違える。盛岡駅前と南口駅前があった。  盛岡名物である冷麺でも食べようかと思ったが割と高い。味は知っているので、あの酸っぱいゴムのような麺にそのお金は出せないとキャンセル。後で調べたら「盛楼閣」という有名店だった。

 本日の走行距離766.2km。高速を降りて117.2km。疲れた。何しろ寝不足が祟った一日だった。




二日目


 本日はあいにくの雨。予報では午後からということだったが、やはり山間の盆地ということもあり、盛岡は朝からずっと降っている。しかも想定より強めな感じで完全武装しないとずぶ濡れになりそうなレベル。  朝食バイキングは大混雑。無理に早く起きることもなかったか。

 7:30出発。一週間近いロングツーリングともなれば雨の一日もあろうと気を奮い立たせるも、雹交じりの雨となっては心が折れた。想定以上の寒さで山間部、特に冬季通行止めd開通したばかりの八幡平は危険と判断。とりあえずアスピーテラインは止めようということで、岩手山、八幡平方面の国道282号線へは行かず、国道4号線を進んだ。以前の広島ツーリングみたいに無謀なことは出来ない。

 国道4号線を進みつつルートの再検討をする。ファミリーマートに立ち寄り、Golliraの防水対策をしながら考える。「さらば八幡平、またいつか」と言いながら、自分で立てたツーリングプランの余裕のなさにあきれる。そんなにあくせくして観光したいのか?  考えてみれば偶然なれど今日は宿をとっていない。青函フェリーで仮眠しようと思っていたからだ。楽天トラベルで調べてみれば盛岡市内で今日の宿が取れそう。今日は盛岡で雨宿りし、一日ずらしたスケジュールで何とかならないか?函館観光よりツーリングが大事でしょ?予定を変えられるツーリングの方が魅力じゃないか?  自問自答して結論。盛岡で雨宿りしよう!

 結果今回のツーリング予定が変更され、三日目に想定していた函館市内観光や松前城、大沼公園ツーリングを却下。本日行けなかった八幡平、十和田湖、八甲田山へ行く。14:30のフェリーに間に合えばそれで函館へ。だめなら18:00の便で行く。その場合は青森で三内丸山古墳に立ち寄れるかも。  四日目に三日目予定していた函館、松前城からの長駆して室蘭へ。しわ寄せはここに出るなという感じ。ニセコパノラマラインは無理かな。

 快活クラブで雨宿りし、午後少し雨がやんだのを利用して岩手山方面へ。県道212~219とクルリと周る。標高が上がるとやっぱり雨が強くなるも、小岩井農場に立ち寄ることはできた。


 日程詰め詰めツーリングだが、たまたま宿を決めていなかったのが幸いした。なんか色々反省の一日となった。本来旅はこういうものであるべきでは?行きたい所を詰め込み過ぎて自由度がなくなっているのは良くない。旅の本質を失っていたのでは。
 本日の総走行距離98.2km。次回のツーリングからはあまりスケジュールを詰め過ぎないようにすると決めた。

2023年8月20日日曜日

2023夏 北九州 ③


六日目 久留米~福岡

 本日は福岡市内散策メイン・・・だったが、何故かお昼から大雨が降るという。九州ツーリングの実質的な最終日として今晩は中州で遊ぶ予定だったが残念。一週間全日晴れというのは難しいよね。

 久留米を立ち水城大是へ。白村江の戦いに敗れた大和朝廷が唐・新羅からの反撃を恐れ、太宰府を守るために築いた砦の一部。
 なのだが、それこそ1500年前の話だからもはや何も残っていない。土手のような遺構が残ってはいるけど当時物なのと疑うレベル。素人にはわからない。

 太宰府天満宮へ。菅原道真を祀った神社なのだが、何で来たのかよくわからない。名前に惹かれたんだね。ただの観光地と化してしまっている。見るべき所もあまりなかった。
 バイクを停めた駐車場の親父がおかしくて、落語であったような話を思い出す。坊主でも何でもない爺が耳学問で説教をするとかいうそんな話。

 二連続ではずれ気分。次の大野城も最初から負け戦なんだよな。
 これも白村江の戦い絡みで作られた城。大原山全体を要塞化してあり、再現図を見ると先ほどしょぼいと思った水城とくっついて太宰府を守るよう機能している。これを見ると当時の大和朝廷がマジでガクブルだったのだなと思わせる。歴史に思いを馳せる。
 はずれかと思ったが、わりと楽しめた。

 大野城見学を終えていよいよ福岡市街地へ。福岡空港が近いためジェット旅客機が発着を繰り返し楽しい。市内を一望しようと油山片江展望台へ向かってから福岡タワー、福岡ドームを見物。福岡市内は渋滞がすごい。ドームでは何か催しもがあるのあろうか。
 お昼となりそろそろ雨が気になるがまだ降りそうもない。雨雲レーダーを見る限り丁度自分のいるあたりを避けて強烈な雨雲が流れている様子。相変わらずラッキーだな。

 最後の訪問地である福岡城へ。黒田長政のお城。100万都市の中心に位置する割にはひっそりとしている感じ。平和台球場の跡地があったり、昔はもっと賑やかだったんだろうか。櫓や城壁、天守閣も再建されていないので地味。しかし歩いてみるとその広さや石垣の勇壮さに驚く。さすが縄張り名人黒田家の居城。

 大きな城だったので特に展示物もないのに小一時間ほど歩き回ってしまった。それでも雨は降ってこないので、博多ラーメンを食べる。本場のラーメンなれど昔のような感動はしないな。もはや珍しいものでもないからだろうか。
 15時ころになってついに空も暗くなってきた。ホテルへ逃げる。一息ついて外を見たら、かなりの大雨となっていた。本当一瞬の差だったな。

 本日の走行距離86.7km


七日目 福岡~門司~宇佐~別府

 今日も天気予報は雨。しかしラッキーな俺の周囲は雨が降っていない。んー海沿いだからかな。フェリーの出港手続きが17時から。出港は19時20分。それまでに北九州をぐるりと周り、宇佐神宮が今回ツーリング最終目的地となる。

 昨日何度も観た旅客機の離着陸。福岡空港が近いということで空港を見に行く。しかしあまり良く見えず。ベストアングルを探すより、時間を作って羽田空港に行った方がいいか。次は海ノ中道へ。
 蒙古襲来時に防波堤となった中道は福岡市お膝元の海水浴場となっていた。言われないと砂州とは思えないくらい広い。これだけしっかりしていれば潮の満ち引きでなくなるということもないのかと思ったが、志賀島への渡り道は結構細くて防波堤もなく、よく現存できるものだと驚き。
 志賀島の展望台から博多湾を一望する。車上荒らしが24時間狙ってますの看板が怖い。窓ガラスを割って車内の物を奪いますとか。山賊でもいるのか。

 北九州一周を達成するため門司を目指す。

 関門海峡は去年の新年ツーリングで訪問したが、今回は反対側から見る格好になった。ナビの設定を間違えたか、高速にのらずずっと国道3号を走るルートが示される。この辺の国道はバイパス化されているから走りやすいとは言え、市街地に入る度に信号があるので結構時間が掛かってしまう。

 3時間近くかかって門司着。門司港レトロへ。
 昔の建物が立ち並ぶ観光スポットで、焼きカレーが売りか。バイクを停めるところがなく、軽く見回っただけで立ち去ることになる。なんかねぇ。車の駐車場をきちんと用意するのなら二輪のものも用意して欲しい。

 今度はナビをきちんと設定し直して宇佐神宮へ。卑弥呼が祀られているとか、道鏡の神託事件など話題の多い神社である。ちょいと調べたら現在の神官が揉め事を起こしているらしい?すべて人の処遇。神社に罪はない。
 仲見世を過ぎてすぐにあるお堀が立派で、ここから神域であるということを予感させる。鯉の餌が売られており、よく食べさせてもらっているのか巨大。亀や鴨も餌の争奪戦に加わってくるのは楽しい。

 神域も広く厳かな雰囲気になる。上宮下宮とあるのも古式ゆかりの神社という感じ。参拝客が少なく広い境内を静かに散策できた。各所で改修工事がされていたのは残念。
 最後に北九州ツーリングを締めくくるべくおみくじを引いたら「大吉」!久しぶりに引いたな。確かに雨に降られることもなく、もちろん事故もなく無事に周ることが出来て大吉であった。

 さあ別府へ戻って九州とお別れ。再び問う「九州とは何ぞや」。
 本日の走行距離258.3km。


八日目 大阪~小田原

 フェリーは無事に大阪へ到着。
 せっかくなので購入候補のバイクを見に行こうか悩む。堺や京都にあるCTX700が気になっていた。

 しかし今回の北九州ツーリングでマジェスティは十分な走りを見せてくれた。不満な点は高速走行におけるエンジンの余裕のなさと見栄を張れないということくらい。であればもうマジェスティでいいのではなかろうかと感じさせられた。
 特に「いろは島展望所」への道中で感じた急坂のすべりやすそうなヘアピンなど足つきが良いことによる安心感は格別だったし、変な所に停めても車重が軽いので切り返し易いのは気軽だった。シート高の低さは乗り降りが楽だったし、積載性の高さはロングツーリングに最適。
 高速走行におけるエンジンの非力さは、逆に言えば扱いやすさにつながる。CB1300はその強烈なトルクが結果的におっかなびっくり走行となり、タイヤを滑らせて転倒といった恐怖に囚われてしまった。ライディングテクニックがないということ。
 よってしばらくマジェスティに乗る。先日こいつに10万円も費やしたばかり。もう少し働いてもらわねば!

 大阪から小田原への帰りは弾丸ツーリングとなった。初?の事故無し渋滞なしでどこにも引っ掛かることなく帰宅。ほぼB-modeで走り続け、新東名では120km/h巡行もしばしば。さすがにエンジンが悲鳴を上げるかもと思った。
 給油は刈谷と足柄にて二度行う。燃費も悪くて20km/Lちょいしか走ってないのでは。ずっと7千回転近くで走らせたから仕方ないか。
 お尻も腰もまったく痛くならなかったのは凄い。300km近く走ってさすがにかったるくなり森掛川にて休憩したが、今まで乗って来たバイクの中で一番の疲れ知らずだった。

 かくして無事、今年の夏ツーリングも終了した。100名城は94城制覇で残り6城。東北・北海道に3城、沖縄に3城。沖縄はせっかくなので首里城の修復が終わってから行きたいので、来年こそは東北・北海道か。

 本日の走行距離443.0km。北九州ツーリング全行程2,251.2km。

2023夏 北九州 ②


 

四日目 長崎~佐世保~平戸~伊万里

 ホテル発。長崎市街を散策する。原爆落下中心地、平和公園はどうしても行っておきたかった。高校の修学旅行で長崎を訪問したはず。しかしこの地へ足を踏み入れた記憶はない。日本人として厳かな雰囲気になる。一発の爆弾とその大きな衝撃を現したかのようなモニュメントは衝撃的で、偶像はそれを忘れないとする意志を感じる。


 稲佐山展望台に上って市街地を見渡し、長崎を後にする。
 今日は国道202号線をひた走る。ながさきサンセットロードという観光路線。

 延々と続く海岸線を海辺や断崖を繰り返して走る伊豆半島のような道。西海市から大島の「北緯33度線展望台」を目指そうと思うが、到達時刻が想定以上に掛かるので断念。距離的には大した訳ではないことを加味すると、岬到着後歩く距離が長いということか。
 針尾にて名前だけ「ハウステンポス」を確認。なんどか倒産したというニュースを見た気もするが。などと思いながら走っていき、佐世保へ到着する。ついに日本の西の果てに辿り着いたなぁと感慨深い。

 ちょうど開場したばかりの海上自衛隊広報センターである「セイルタワー」へ。受付は物々しく、あれはダメこれはダメ、この順で観てねとか煩わしい。物騒だなと思ったが今日が8月15日だからか?
 幕末からの海軍創設から大戦での敗北といった歴史、艦隊模型などが展示された広報館。順路も整備され内容もまとまっているとは思うが、なんか分かり難く感じる。必要な情報がわかりやすく明示されていない感じ。もっとゆっくり見学すれば違う感想になるのか。

 西のアーキペラゴたる九十九島へ。展海峰、観光公園、船越展望所を周り「神崎鼻」着。日本本土最西端の地である。・・・何なんでしょうね、この煮え切らない名称は。そもそもそんな括りを知らなかったが、昨年佐多岬へ行った際初めて耳にした。
 北は稚内、東は根室。これはわかる。本土四端とか言う限定勝負することなく、日本の最北端と最東端なのだから。しかし本土という括りが沖縄諸島を馬鹿にしているというか、そっち系の人が絶対悶着はじめそう。「やっぱり沖縄は日本じゃないのか!差別されているのか!」的な。だったらまだ本州最西端のが納得できる。


 そうは言ってもライダーは端っこを目指すのだが。
 こうしてなんとも言えない気持ちと共に平戸へ。先ほどまでの快晴から若干怪しい雲行き空に。峠道を越え、海沿いに出ると良い天気になる。雨雲レーダーにも映らないような低い雲で、不意のにわか雨は仕方なさそう。

 鹿町町長串山公園を過ぎたあたりで道路わきに鹿の像を発見。それにしてはリアル。「えっ!?」と思って通りすがりによく見ると口のあたりをモグモグしながら、鹿も俺をじっと見つめている。通り過ぎながら嘘だろとばかりにミラーを見ると動いている!本物じゃん。
 急いでスマホを取り出すも振り返った所にはもういなかった。こんな所に鹿がでるんだという驚き。もっとも冷静に地図でみれば山の中か。
 鹿町という名前で鹿を見るという行幸。雉の看板を見掛けたと同時に雉を観た、能登半島での出来事を思い出した。

 1時間ほどで平戸着。平戸大橋を渡る。駐車場から階段を上って平戸城本丸に到着。三方を海に囲まれた平山城。平戸島自体が本土から離れているので防御は万全なんだろうけど、誰がここを攻めるのか。むしろ海城的な立ち位置で港湾からの海運を中心としていたのか。
 調べるとここも島原城同様、国内よりも大陸や東シナを見据えたお城だったようだ。


 平戸城見学後、これまた奇妙な名前の地「本土と繋がった道の最西端」とかいうスポットを目指・・・そうとするが却下。結局先ほどの本土四端問題と同様で、なにをもって最西端というのかという話し。
 また調べてみると狭くて整備されてない崖のような道を辿って行かねばならぬようで、行った先もただの海岸。クチコミによれば行かぬが花のような感じなのでキャンセル。平戸島を半周ほど走るに留め、生月大橋を渡った。生月サンセットウェイへ。
 豪快な岩肌の見える断崖と青い海を沿うように走る道は、確かに夕暮れが映えるだろうなと思った。残念ながらこの季節、夕暮れは19時近いのでそこまで待つことはできない。キャンプツーリングであればねぇと言ったところ。
 平戸島を見学して本日は終了。雨を恐れながら松浦経由で伊万里へ。

 本日の走行距離321.4km。今回のツーリングで最長記録。後から振り返るともうちょい走れたね。


五日目 伊万里~唐津~佐賀~久留米

 今日は「100名城」の三城を周るツーリング。まずは「名護屋城」に向けて出発。
 道中「いろは島」と棚田を見学。先日台風6号が上陸したからか、稲の収穫が終わっており、見栄えが少し残念だった。いろは島展望台はスルーしようと思ったが、通り道で標識を見掛けたのでせっかくだからと立ち寄る。
 「せっかくだから」という言葉は呪われていることが多い。車の往来が少ないのか苔むした急坂とヘアピンの連続でかなり気を使う怖い道。もしCB1300だったらと思うとゾッとする道。こんな時はマジェスティの軽さ、両足べた付きの安心感、さらにエンストの心配もないのは助かる。

 名護屋城に到着。朝鮮出兵の為に築かれた大したことのないお城でしょ、なんて思っていたが、調べれば調べるほど空恐ろしい規模の城。というか軍事都市であったという事実に驚き。


 文禄・慶長の役における本陣という役割。壱岐島~対馬~朝鮮半島への前線基地としての立地だけでなく、その使者を迎えるにあたって日本の荘厳さを表そうとしたのだろう。
 城の縄張りと巨大さだけでなく、廃城後多くの遺構が唐津城へ運ばれたと言われながら、現存する石垣も立派。また城を中心として各大名が陣を張り、さながら軍事都市を形成していたというのが胸アツ。いろいろ妄想が捗る。
 しかし何故朝鮮出兵などしたのか。豊臣政権が揺らいだ原因にしかならなかったのは残念なことだった。所詮豊臣は時代の徒花だったのか。

 名護屋城から唐津市方面へ。唐津城を通過して虹ノ松原へ。松原と言えばこの辺では三保の松原が有名だが、唐津のそれはさらに立派だった。何しろ松林の中を車で抜けることができるほど広い。
 唐津を過ぎて山越えで佐賀へ。次の目的地は佐賀城。


 佐賀城は龍造寺氏の重臣として有名な鍋島直茂を開祖とする肥前佐賀藩の居城。しかし城内の展示物に龍造寺氏や鍋島氏の歴史はあまり置かれておらず、幕末の鍋島直正に関する資料が多かった。肥前の熊は人気があまりないからか?
 明治維新における鍋島家の功績は大きいのだろうが、個人的にはあまりよく知らないし、薩長土佐水戸などに比べていつの間に出て来た感がある。
 またこの時代絶対はやりそうな佐賀の化け猫騒動について一言もないのが残念。他の城だったらマスコットキャラクターに仕立て上げていてもおかしくないのだが。

 佐賀城を後にし、最後の訪問地である吉野ケ里公園へ。ここは弥生時代の集合集落を再現した歴史公園で楽しみながら当時を実体験できる素晴らしい施設だと思う。


 発掘調査の遺構から当時を再現したとされるが、建物が実際に残っていたはずもなく、文字の無かった当時の日本の様子が具体的にわかるはずもなく、割と空想・想像に頼っているなと思える部分も多い。鳥居とその上に鎮座する鳥など。
 建物も何を参考にしてその形状に復元したのか、根拠になるようなものを示してほしいものだが、スタッフに訊ねたところそうした資料はないそうだ。先人の教えや学術的考察によるものなんだろうけど、その根本はやっぱり空想なんだな。

 ここが邪馬台国だと言いたいけど言えないのはあきらかだし、論争になるのは望んでいないのはわかるが、最新学説を反論込みで紹介するのはありなのではないか。もっと突っ込んだセンセーショナルな展示で興味を掻き立てて欲しい。
 そんなことを考えながら吉野ケ里を後にし、宿泊先の久留米へ。
 台風一過で今日も一日中暑かった。本日の走行距離159.3km。

2023夏 北九州 ①

  今年の夏ツーリングは北九州となった。昨年南九州へ行ったので今回はその反対側へということ。
 元々の予定では東北~北海道を予定していたが、旅程の選考が遅かったことから苫小牧フェリーを予約できず、さらに台風7号が東日本を縦断する予報だったのでキャンセル。台風が来ても天気に影響がなさそうな九州に行くことにした。なお実際には近畿・中国地方を縦断したようだ。
 日程は贅沢に七泊八日(内フェリー二泊)。昨年より一日多い。かなりゆっくり九州を回れる予定。
 ① 小田原~大阪(フェリーで別府へ)
 ② 別府~やまなみハイウェイ~阿蘇~熊本
 ③ 熊本~天草~(フェリー)~雲仙・島原~長崎
 ④ 長崎~佐世保~平戸~伊万里
 ⑤ 伊万里~唐津~佐賀~久留米
 ⑥ 久留米~太宰府~福岡
 ⑦ 福岡~門司~宇佐~別府(フェリーで大阪へ)
 ⑧ 大阪~小田原


一日目 小田原~大阪

 20時出港のフェリー。乗船手続きが17時~ということで、それまで暇となる。大阪までは450km程度ということで時間にして5時間程度。休憩込み6時間か。あまり遅い出発だと渋滞などに巻き込まれやすいので、朝方出発するとして、大阪で暇つぶしする場所が必要。去年は大阪城に行ったのだが・・・と考え、今年は万博記念公園へ行くことにした。

 マジェスティによる長距離ツーリングは初。小排気量バイクなので本日と最終日にある超長距離高速移動は苦手。I-Shiftによる恩恵で一瞬の加速なども出来るが、やはり120km/h巡行をしようとなると、7千回転ちかくをずっとキープしなければならず、正直エンジンには良くないよなぁという感じ。かと言って第一走行車線をのんびりずっと走る・・・なんて悟ったようなことが出来ない煩悩の塊。
 それでも尻や腰が痛くなることもなく走り切ることが出来、懸念していた渋滞も伊勢湾岸道路に入ったあたりで引っ掛かった程度ですんだ。

 万博公園に到着して「太陽の塔」を見る。

 怪獣?ウルトラマン!? とても衝撃的なモニュメント。
 しかし台風が接近しているので熱波が送り込まれてきているからか滅茶苦茶暑い。体の具合が悪くなりそうなレベル。他にUSJやら台場やらを見物しようかと思っていたが、予定をすべてキャンセル。フェリー乗り場へと急ぐ。

 手続きを終えて予定通りフェリーは別府へと出港した。
 本日の走行距離455.6km。


二日目 別府~やまなみハイウェイ~阿蘇~熊本

 昨年も走った「やまなみハイウェイ」から「阿蘇」へ。日本有数の快適ツーリングコースを行く。わかっていたことだがマジェスティ(=ビックスクーター)には悲しいほどに「Yaer」が来ない。孤高に走れると喜ぶべきか。
 狭霧台から続く雄大なつづら折れ、長者原の一面に広がる高原風景、そして大観峰から見える阿蘇のカルデラ。去年の感動は変わらずそこにあった。
 草千里にて昼休憩渋滞。延々と続く駐車場待ちに付き合わされる。交通整理するべきではないだろうか?すり抜けしつつ先を急ぎ、去年は噴火警戒により上がれなかった阿蘇山火口へ。

 温泉街から高原、噴火口という景色に何か既視感を覚えるが、ずばり箱根だった(温泉街=湯本、高原=仙石原、噴火口=大涌谷)。カルデラの代わりに芦ノ湖となっていることや、何といってもスケールが大違いだが。

 阿蘇から高千穂へ出る予定だったが変更。ケニーロードへ。しかし台風6合の影響で通行止めとなっていた。
 思わず予定が狂ってしまったので、熊本ラーメンを食べて時間調整。せっかくなので熊本「みそ」ラーメンを食べたい。ナビでポイント高めだった「火の国文龍」へ。しかしお店は夏季休業だった。ここまで来て…。
 二軒目は「ラーメン龍の家」。入ってメニューを見るも味噌ラーメンがない。何か違うなと思っていたら、ナビの設定ミスで予定と違うお店に来てしまった! まあ、これはこれで熊本豚骨ラーメンでおいしかったので良し良し。
 お腹は一杯なのでどうしようか悩むが、もう二度とないことだからと三軒目「味曾乃屋」到着。やっと味噌ラーメンにありつく。少し甘めの濃厚味噌。ああこれが熊本味噌ラーメンなのね。

 本日の走行距離211.0km。


三日目 熊本~天草~(フェリー)~雲仙・島原~長崎

 午前中は延々と国道266号線を走る。マジェスティは取り扱いやすく乗りやすいが、乗り易すぎて楽しみが少ない気がする。風を体に感じて走るバイク特有の旅感覚は変わらないのだけれど。一方で気軽に停車できるのは風景を楽しむのに便利。一長一短。
 海岸沿いなれど代わり映えのしない道をひたすら走り続け、いまどこなのかよくわからない状態となる。天草市から峠道を越えて下田温泉到着。おっぱい岩を横目に見ながら鬼池港へ。フェリーに乗って雲仙・島原に上陸する。

 雲仙小浜にて名物「ちゃんぽん」を食べようと思うがお店が散らばっているので探すのが面倒。手っ取り早くリンガーハットで雰囲気だけ味わうかと思ったら、まさかの空席待ち。さすがに待ってまでリンガーのちゃんぽんを食べたいとは思えず後にした。
 国道57号にて雲仙岳を登る。温泉街を越えてすぐ仁田峠循環道路へ。通行料の徴収はなく、管理費を気持ちで頂いているという形だが、有人の入口ゲートがあるので実質的には有料の道路。どういう管轄なのだろう?佐多岬もこんな感じだったな。
 仁田峠展望所から平成新山を見る。山頂が雲に隠れて残念。東には有明海と島原の市街地を見渡せる。
 その後、国道57号にて雲仙岳を降りつつ、眉山の間を抜ける島原まゆやまロードを経由して島原城へ。


 島原城は再建天守ということで立派な佇まいだが、天守以外の縄張りや石垣も見事。西の彼方にて何故これほどの城が必要だったのか。南蛮貿易が盛んだったので、海の向こうにいる見えない敵に対してなのか。
 分不相応な築城の始末として苛烈な年貢の取り立てが領民を苦しめ、天草一揆へと駆り立てたとしたら酷いことである。
 城内資料館にはキリシタンへの弾圧について書かれた資料があるが、殺されてまで信仰を持ち続けたのは何故か。信仰心のない自分には理解できない。

 島原城から大三東駅へ。「海に近すぎる駅」「黄色いハンカチ」というコピーに興味を持った駅だったが、観光地化され小さな駅前には溢れんばかりの車。風情はまったくない。さっさと逃げし、雲仙グリーンロードをぐるりと周り諫早湾干拓堤防道路へ。

 あまり詳しいことはわからないが、堤防を開門するかしないかで揉めていたニュースを見た気がする。今ネットをざっくり読んだが、結局の所わからぬ。当事者以外には口出しできないような事例だった。
 堤防道路から諫早湾を横断。長崎へ向かった。

 本日の走行距離312.5km。走ったー。

2023年1月10日火曜日

2023正月観光 名古屋~浜名湖

 今年の年初ツーリングは中止。プログレでのんびり観光することにした。天気予報によれば一日雪になりそうな日があったことと、自分の甘さで寒い中バイクで旅する気になれなかったため。こうしてだんだんバイクから離れていくのだろうか。
 訪問先は雪の影響がない所ということで、太平洋側沿岸部から検討。 関東地方は近すぎるので却下。冬の四国は行ったので、次に行くなら夏が良い。紀伊半島も一昨年行ったばかり。ということで東海地方に決定。
 バイクツーリングではないので道中はあまり楽しくなさげ。観光地巡り中心に旅程を決定。名古屋に三日間+浜名湖というスケジュール。

 

一日目 小田原~名古屋

 いつもであれば朝の早い内から出発して高速代を浮かす作戦だが、路面凍結の恐怖を知った身なのでそんなことはできない。のんびり8:00頃家を出た。
 出発前にセッティングした外部入力の具合を確かめながら進む。エンジン回転を上げると「キュイーン」と耳障りな音が発生して使いにくい。ノイズキャンセラーの導入を検討せねば。

 正月休みも終わっているので、特に渋滞にも会うことなく、お昼ごろ名古屋着。最初の訪問地「熱田神宮」を目指すが「初えびす」という期間で周辺駐車場は利用不可。しかも結構混んでいるみたい。慣れぬ土地で駐車場を求めてさまようのもいやなので、サクッと予定変更する。二つ目の訪問地「名古屋港水族館」へ。

 入場するとすぐにイルカショーの開催時間となった。遠めの席で見るがイルカはかわいい。餌をもらうために演技する様は健気。
 シャチは次の時間ということで、館内を散策しながらイベント待ち。展示は工夫が凝らされ見応えがある。クジラが進化した歴史や深海魚が赤い理由など、博物館のような作りが良かった。
 イワシの水槽。群れる魚群と一匹狼のごときエイやサメ。


  館内をひと回りしたあたりで時間となったのでイベント会場へ。念願のシャチショーを見る。思っていた以上にシャチは大きく、何も知らずに海でこいつに出会ったら恐怖でしかない。

 水族館を見終えたあとは、併設されている展望台、南極観測船ふじなどを見て帰路につく。


二日目 名古屋市街地

 朝一番で昨日訪問できなかった熱田神宮へ。以前名古屋に住んでいた時にも来たことがあり、だいたい記憶通りだった。三が日も明けた平日だからか、それほど人は出ていない。
 お参りして後、恒例の新春おみくじ。今年は「半吉」。あまりよろしくない年のようだ。

 次は名古屋城へ。最寄り駅の駅名が「市役所」から「名古屋城」に変わったようで、ナビに反映されてなくて少し迷う。
 現在名古屋城は耐震工事にまつわるごたごたで、天守閣に登ることができない。木造建築で当時の図面通りに作り直す案が出て工事がストップしたらしい。観光スポットでエレベーターなしでいいのか?となったようだ。そりゃそうだ。当時の軍事施設なのだから使い勝手が良いわけない。
 本丸広場には再建された本丸御殿が公開されているが、出来たばかりの木造建築にありがたみがないのもまた事実なわけで、本物ってなんぞや?という気になる。

 名古屋城を後にし、市街探索。趣のある外観をした市役所、県庁を通り過ぎて久屋大通りへ。名古屋のシンボル「テレビ塔」から栄、大須を回って時間調整。
 大須の三輪神社に行列が出来ていて驚く。何てことの無い小さな神社なのだが。後で調べたところ兎を祀った神社で、今年の干支が兎ということもあり、人気になっているようだった。
 大須にはツクモやドスパラといったPC店。他にもスーパーポテトのようなレトロゲームショップなどが出店しており、秋葉原・日本橋にならぶ電気街の雰囲気を今でも残していたのは嬉しかった。 

 散歩がてらの時間調整はi-maxシアターで「アバター2」を観るためだった。
 109シネマズにて「アバター2」を鑑賞。今回は3Dにて。映像のリアリティは増すが、三千円も出して観るほどの価値はなかったかな。i-maxってこんなものだったっけ?
 二度目の「アバター2」もだれることなく三時間ぶっ通しで観れたので、つまらない映画ではないことは確認できた。しかし始まってすぐの辺りはちょっと眠くなってしまったし、シリーズものとして話が進んでいないことも残念に思えた。

 映画を観終わって名古屋駅前を散策。かつての職場の辺りを通るが不思議なほど記憶が蘇ってこない。街が変わったからなのではなく、自分がこの地に思い入れを持っていなかったからか。起きて仕事して疲れて帰って寝る。その繰り返しでしかなかったからか。
 せっかくなので名古屋名物台湾ラーメンの発祥地である「味仙」へ。思っていた以上に辛かった。


三日目 郊外

 名古屋三日目は郊外へ足を伸ばす。一つ目の訪問地は「トヨタ博物館」。
 茂木サーキットにあるホンダコレクションホールのような展示場は他のメーカーにはないのだろうか?と探したところ、トヨタにはいくつか展示場があり、その一つがこの「トヨタ博物館」だった。
 ここはトヨタの名車を中心に、他メーカーの名車を集め、車が進化していく歴史をまとめている。初代クラウンやトヨタ2000GTといった定番だけでなく、コスモスポーツやNSXといった国産他メーカー車、ベンツやフェラーリといった外車なども並べられ、本物を味わうことが出来る。

 お昼から中京競馬場へ。久しぶりの競馬観戦。
 さっそく買った午後一番のレースで的中。これは幸先よいなと思ったが、あとは全敗だった。候補に挙げた馬が1-3着だったり、オッズのうまみがないからと買わなかった組み合わせで決まったりと、割と惜しい結果が多かったので、それほど読みは外れてなかったなんてうぬぼれる。
 もちろんこれが競馬の怖い所で、1-3着はただのハズレだし、成績の良い馬=印の多い所を狙っているのだから、結果が良くて当たり前。相変わらず競馬予想は難しいのである。

 しかし久しぶりの競馬場は良かったね。少々の殺伐さや競馬場=賭場のもつアウトロー感も嬉しさを感じる。また来ようかな、全国競馬場めぐりもアリだな、なんて思ってしまった。


四日目 浜名湖

 正月観光最終日。浜名湖周辺を巡る。
 浜名湖周辺を遠江というが、これは京都を起点に滋賀の琵琶湖が近い海(近江=おうみ)で浜名湖が遠い海(遠江=とおとうみ)ということらしい。

 一つ目の訪問地は自衛隊浜松広報館エアーパーク。浜松基地に併設された展示場。訪問前ナビで検索すると灰色区画が広がっていたのは自衛隊基地だからか。市街地にフェンスに囲まれた飛行場がどっかりと鎮座していて交通の妨げになっている。基地の設置より市街地の発展が後だろうから仕方ないことか。
 館内は歴代の自衛隊戦闘機を中心に展示がなされている。当たり前ながら三沢航空科学館に比べると自衛隊PR要素が強い。入ってすぐにF2が展示されていて思わず見入ってしまう。もちろんF4もあって嬉しくなる。

  次の訪問地へ向かう前に、うなぎパイファクトリーへ立ち寄っておみやげを調達。浜名湖名物「夜のおかし」。ついでに浜名湖を見物。しかし湖は広くて変な形だし、これといっていい展望所を見つけられなかった。残念。

 今回の旅、最後の訪問先はスズキ歴史館。これもホンダコレクションホール同様、他メーカーの展示場はないかと思って探した所。スズキに思い入れはあまりないが、「鈴菌」と称される独特の雰囲気を持ったメーカーなので楽しみな所。
 初めて乗ったバイクは親父の持ってたバーディで、初めて買ったバイクは友人から安く譲ってもらったハスラー50。どちらもスズキのバイクという縁もある。
 「歴史館」という名の通り、スズキ創業期の織機製作から始まり、現在につながる四輪「スズライト」の開発といった歴史が映像と実機で展示されていた。結構見ごたえがあり、また子供向けに作られているのか分かりやすい。
 他にも車の生産工程なども紹介もされ、過去の名車を並べただけの展示になっていないのは素晴らしい。

 今回、三泊四日の旅は観光中心の旅となった。過去の旅と言えば訪問先はあくまでそこへ行ったという記念、証拠として立ち寄るだけの慌ただしいもの。バイクで走ることこそが目的であった。
 それはそれで楽しいし、今後も続けていくのだが、目先を変えてこうしたのんびり旅もありだなって思った。それこそ夜行バスや電車で旅にでるのも良いかもしれない。

 


2022年10月10日月曜日

2022秋 会津磐梯~那須高原 プログレ

 「スポーツの日」の三連休を利用して「磐梯~那須」へドライブを企画。目的は100名城「二本松城」「白河小峰城」と「磐梯会津スカイライン」。
 しかし9月半ばあたりから秋雨模様の日々。悪いことに週末になると雨が降るという嫌な展開。10月の連休は出掛けようと宿を取っていたものの、週末天気はまたもや雨模様。東北道を通る度に雨が降っているイメージの那須方面。バイクで出掛けるのは気が引けた。
 目的地を変えようかとも思ったが、今回プログレで行くことに決定。考えてみればプログレでロングドライブは初。丁度良い!

 

【 一日目 】

03:30 出発
 ガソスタへ立ち寄り、小田厚BP小田原東ICへ。深夜料金割引狙い。圏央道~久喜JCT~東北自動車道へ。
 東北道へ出たあたりで車の圧倒的楽さに気付く。バイクであれば風圧にさらされて、自然と体に負担が掛かるが、当たり前ながら車ではそれがない。また身を晒しているという心理的不安もないことも大きい。結果疲労感が大違い。こうして皆、徐々にバイクから降りていくのか・・・。

 東北道に入って三車線。車間も取りやすくなったのでクルーズコントロールを試す。何度か使っている内に慣れてきて、とても便利なことを実感。車間を取るためや遅い車を追い抜くためなど加減速が必要な時もあるが、ボタン一つで元のスピードに戻せるのも便利。これもバイクにはない楽な機能。スピード超過の防止にもなるし。
 長距離移動だけを考えれば車が圧倒的に有利か。

09:00 福島
 福島西ICから東北道を降り、吾妻の駅「ここら」へ。地元の物産館。ここまで337km。いよいよ磐梯吾妻スカイラインへ。

10:40 吾妻小富士、浄土平
 かねてより来たかった磐梯吾妻スカイライン。ツーリングのおすすめルートとして挙げられる道のひとつ。しかし福島側から上がっていく道はヘアピン続きで渋滞気味。バイクと違って車は自然と一体になることも出来ず。さらに山頂付近では霧雨で景色も楽しめず。

 山頂の浄土平に到着。雨が降る中、せっかくだからと吾妻小富士の火口まで上ることにした。登り口はまるで富士山のようで、確かに小富士とは言い得て妙。登り切った所で満足。お鉢巡りまではする気になれない。

 三年越しでやっと来れた磐梯吾妻スカイライン。本来であれば森の中を駆け上がり、山頂は火山ガスのため草木が生えず、硫黄色に彩られた別世界が広がる・・・という感じなのだろうが、車では体感が出来ず、さらに雨で景色も冴えないと散々だった。

12:30 裏磐梯、五色沼
 続いて磐梯吾妻レイクラインから裏磐梯を目指すも生憎の通行止め。 迂回路の国道115号から裏磐梯へ。
 裏磐梯五色沼で昼食。会津名物のソースカツ丼を食べるが、ソースを多めにぶっかけたトンカツがご飯に乗っかっているだけ・・・。普通に食べた方が食べやすいし、ソースが掛かり過ぎて辛いし、卵でとじている方が好きかな。

 続いて磐梯山ゴールドラインへ。こちらも雲が発生していて磐梯山は見えず。バイクなら楽しそうな道中も車ではコーナーを攻めるなんて気にはなれない。コンフォートが売りのプログレだし。小さくてMTのフィットならもう少し楽しめたかも。

14:10 道の駅ばんだい
 割といい時間になってしまったので、喜多方と猪苗代湖は割愛。しかしどうしても本場の喜多方ラーメンだけは食べておきたいと道の駅へ。しかしソースカツ丼を食べたばかりでお腹がいっぱい。食べたという実感だけで味がわからず。

16:00 二本松城
 丹羽長重による建城。戊辰戦争で焼け落ちて、現在の遺構は再建されたもの。目玉の二重櫓も天守台も存在が確認されていないとは。お隣にして同じ長重による建城の小峰城を参考にしたのか。
 戊辰戦争における二本松少年隊の像が建っているが、これは太平洋戦争における悲劇とだぶらせて感動するものなのだろう。自分にはその悲劇があまりピンとこない。
 城内は菊人形展が開催されていた。

18:20 郡山
 本日の宿泊地である郡山に到着。走行距離545.8km。
 予報では晴れと言っていたが当たらず、天気は悪くて終始曇り空で山頂付近では雨だったのが残念。バイクであれば楽し気な道も車だとあまり楽しくない。天気の都合で替えるのであれば、ルート自体を見直すべきだと痛感。走ることを目的とせず、スポットを楽しむことを目的とするべきなのだろう。

 

【 二日目 】

08:15 出発
09:40 白河小峰城
 二重に張り巡らされた石垣が見事。しかし東日本大震災で被災し多くの石垣が崩落した。なお被害にあった石垣はコンクリートで裏込めされたもので、栗石を使った伝統的なものは無事だったそうだ。
 熊本城の例もあるので伝統工法=頑丈と断じるわけにはいかないが、結果現在の再建石垣はすべて伝統工法となったそうだ。
 すぐそばを走る東北本線の線路沿いは、雰囲気を出すためか城壁となっていて好印象。お城全体も石垣が残っている有様はミロのビーナスの如く、未完の美を感じさせた。

 情報館の展示内容は簡素ながら分かりやすかった。 寛政の改革を行った松平定信。白河の関や奥の細道。一石=大人一人が一年間で食べるお米の量など。渋沢栄一はピンとこなかったけれど。

12:00 那須高原
 白河から国道289号を経て県道290号へ。那須高原を走るルート。ここもやっぱりバイクで来たかったなあという道だった。

 辿り着いた那須高原展望台は恋人の聖地というのが前面に出され、そりゃ恋人同士でくればテンションもあがるだろうけど、それ以外の者にとってはどうよ?と思ってしまう
 分厚い雲が張り出して、景色もいまいち。オマケにマナーが悪くてデカいクロカンが横付けしていて、駐車場から出すのも一苦労。印象最悪となった。

 すぐそばには九尾の狐と殺生石。まったく下調べしておらず、どうせ無理やり名物にした観光地あるあるでしょ?なんて思ったが割と趣があった。奥の細道にも記載があるくらい、歴史的にも有名なようだ。
 盲蛇石、湯の花、千体地蔵、愛宕神社、見立神社。立ち並ぶ地蔵を前にしてコスプレイヤーが写真を撮っていた。

 殺生石から下りは軽井沢を思わせる観光地となっており、当然ながら渋滞発生。もっともオートマ車だし、時間を急いでいなかったので、さほど渋滞も気にならなかった。ここは車で良かったという所。
 那須塩原にて昼食。このまま日光方面へ行って場合によってはもう一泊なんて考えていたが、バイク用に作った今回のプランは車で走っても楽しくなさそう。加えて雨も降ってきそうだし今回の旅はここまでにして帰宅することにした。

14:00 西那須野塩原IC
 東北自動車道~久喜JCT~圏央道~新東名~新秦野IC
 圏央道へ入ったあたりで雨。入間から南はかなり強く降り出していた。

18:30 帰宅
 走行距離359.1km。二日間合計904.9km。

 プログレ初のロングドライブ。高速道路を使用したためか、割と燃費は良くて12km/Lだった。凄い。バイクツーリングと比べると一長一短。どちらにも良い所と悪い所がある。

(良い点)
 ・天気を気にしない
 ・高速道路での走行が楽だし安全
 ・渋滞が苦にならない
 ・荷物をたくさん運べる
(悪い点)
 ・ワインディングを走ってもいまいち楽しくない
 ・自然との一体感がない
 ・高速料金、燃料代などが一人旅では割高となる
 ・気軽に路駐して風景を楽しむには不向き
 ・人気スポットでは駐車場が満車


 今回はバイクで出掛けなくて正解。天気予報では土曜日は晴れ。日曜日も夜遅くまで天気がもつなんて言っていたが当たらず。すれ違うバイカーも皆カッパ着用だったし。
 また同様のケース、つまり宿の予約をとったあと天気が悪くなったという場合は、ツーリングプランを一から練り直すのが良さそう。ドライブルート重視からスポット探索重視へ。

2022年8月15日月曜日

2022夏 南九州 五日目

 五日目

06:45 出発
 今日は予定を変更。当初の予定では桜島に渡って、佐多岬から霧島へ向かうとなっていたが、シンプルに半島をぐるりと回って、都井岬~飫肥城~宮崎を目指す。

07:15 桜島フェリー
 驚くほど簡単に乗船。バイクへのロッキングもほとんどないまま出港。15分程度の内海航海だからか。車の中から出ないドライバーもちらほら。そういえば料金を調べてなかったと思ったら、なんと530円(二輪750cc以上)。めちゃ安。
 目の前に桜島。ワクワクする。

07:30 桜島
 上陸。湯之平展望所を目指す。
 桜島は7月24日に噴火。大きな噴石が飛散するなどし、噴火警戒レベルが5(危険な居住地域からの避難)に設定された。当然ツーリングなんて出来ないわけだが、その後噴火は沈静化、現在の警戒レベルは3。状況に応じての避難準備となった。
 桜島は一度この目で見たかった日本の風景のひとつ。それが達成できて感動もひとしお。思っていた以上に雄大で、まるでゴジラ映画にでも出てきそうな山影であった。

09:50 佐多岬
 桜島を過ぎ、本土最南端「佐多岬」へ。
 本土最南端というのは何とも微妙な立ち位置。考えてみればこの先に沖縄があるし、本当の最南端は沖ノ鳥島となるわけで。
 しかし普通に行ける南の最果てが、この佐多岬というのはわかりやすくもある。ノンストップでバイクを走らせること二時間あまり。やっと辿り着いた感、思えば遠くにきたもんだ感は半端ない。普段はお願いすることもない記念写真をお願いするほど。

 この最果て感はたまらない。疲れた体とここまで来たという実感。この感激こそが次の旅へのモチベーションとなるのだろう。

14:00 都井岬
 佐多岬からいったん来た道を引き返し、国道448号を反時計回りに走る。内之浦、志布志、串間を通り過ぎ都井岬へ。野生馬の生息地ということだが、本当にいるの?と思ったら・・・

 いるじゃん!つーか、野生馬というか馬の放し飼い!?
 人への恐怖心ゼロ。お馬の親子はぽっくりぽっくり歩くよ。バイクから降りてみれば興味深げに近寄ってくる。思わず頭を撫でそうになるも感染症が脳裏をよぎり踏みとどまった。

15:45 飫肥城
 都井岬から日南フェニックスロードを北上。宮崎といえばのヤシの木が立ち並ぶ通りを越えていく。何故フェニックスと思ったら、ヤシの木の種類らしい。

 飫肥城は島津氏と争った伊藤氏の居城。酒谷川の北岸に築城され、日向の最前線という感じ。城内には小学校が建てられ歴史遺構としては見るべき所は少ないが、観光用に城下町が整備され、細かく見てまわることが出来るようだ。

18:30 ホテル

 本日の走行距離391.8km。走ったー!